ユビキチン化によるNotchシグナルの抑制
−Notchシグナルはユビキチン化によって不適切な活性化から保護される− |
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1910年にトーマスモーガンの研究室で先端が欠けた翅をもつショウジョウバエの変異体が発見されて以来、その原因遺伝子Notchの研究が一世紀近くにわたって続けられてきた。現在までに、Notchは近傍の細胞から提示されるリガンドと結合して細胞内にシグナルを送る膜貫通型レセプターであることが明らかになっている。リガンドと結合したNotchは特定部位で切断され、細胞内ドメインが遊離して核内での転写活性化を引き起す。また、Notchはショウジョウバエのみならず、線虫からヒトに至るまでの生物に保存され、神経細胞の運命決定など、発生の様々な過程で重要な機能を担っていることが分かりつつある。いずれの場合も、Notchは微小なシグナルを増幅する機能をもち、細胞運命決定などにおいて効果のコントラストを増強していると考えられる。
このことは逆に言えば、リガンドを結合していないNotchは不適切なシグナルの増幅を防ぐために、厳密に不活性の状態に維持されている必要があることを意味する。しかし、どのようなメカニズムで、リガンドを結合していないNotchがプロテアーゼによる切断から保護されているのかは、未解明のままであった。今回、CDBの林茂生グループディレクター(形態形成シグナル研究グループ)らは、Nedd4と呼ばれるユビキチンリガーゼがNotchのエンドサイトーシスを制御し、リガンド非依存性の活性化を抑制していることを明らかにした。この研究成果は、12月29日付けのCurrent Biology誌に発表された。
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Nedd4を過剰発現させたショウジョウバエの羽
Notch欠損変異体と同様に、羽の外縁部の形成が阻害され、翅脈の過形成が見られる。 |
細胞内にはタンパク質を分解する様々な経路があるが、その一つとしてユビキチン/プロテアソーム系が知られる。プロテアソームは細胞質に存在する巨大なタンパク質複合体で、ユビキチンと呼ばれる分子で標識されたタンパク質を分解する。標的タンパク質のユビキチン化は、E1、E2、E3と呼ばれる3種類の酵素によって触媒されるが、今回のNedd4は標的タンパク質の特異性を決めているユビキチンリガーゼE3にあたる。Notchのシグナル伝達系がユビキチン化の標的である事は以前から知られていた。膜貫通タンパク質がユビキチン化による分解を受けるためには、まずエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる必要がある。実際に、ある種のE3はリガンド依存的に活性化されたNotchのエンドサイトーシスにも関与している事が示されていた。林らは今回、膜貫通タンパク質のユビキチン化で知られるNedd4と、リガンドを結合していないNotchの不活性状態の維持との関係に注目した。
彼らはまず、Nedd4の過剰発現によりNotchの欠損と同様な翅の異常が生じ、また、細胞質に存在するNotchの細胞内ドメインの量が減少していることを発見した。この結果は、Notchの細胞内ドメインが切断される以前の初期段階で、Nedd4がNotchのアンタゴニストとして機能していることを示唆している。さらに培養細胞を用いて、これらのタンパク質の結合解析や局在解析を続けた結果、Nedd4がNotchに直接結合し、ユビキチン化を行なうことが明らかとなった。また、Notchのエンドサイトーシスによる取り込みがNedd4によって制御されている事が示された。続いてNotchの下流の遺伝子発現を調べたところ、Nedd4の機能を抑制すると、リガンド非依存的に転写活性化が起こる事が分かった。この結果は、リガンド非存在下の状態で、Nedd4がNotchの散発的な活性化を抑制している可能性を示している。次に彼らは、Notchに結合してシグナルを活性化すると考えられるE3様蛋白質Deltex(Dx)とNedd4の相互作用を調べた。その結果、エンドサイトーシスによる取り込みの際に、DxとNedd4がNotchの活性化と不活性維持を競合的に調節している事が示され、実際に、Nedd4はNotch存在下でDxを不安定化する事が明らかになった。
ユビキチン化に関わると考えられる2つの分子がNotchシグナル経路に競合的に作用し、活性化と不活性化を調節していることを示した今回の結果は、細胞が複雑な外部からのシグナルをいかに取捨選択し適切な反応を示すのかという重要な疑問に、一つの回答を示したといえる。
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