Tlxが細胞外マトリックスを調節し網膜血管を誘導する |
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酸素は細胞内のエネルギー生産に必須の分子である。そのため、必要な酸素の供給を確実に受けるために細胞は様々な調節を行っている。必要な酸素量が行き届かない低酸素状態に陥ると、血管形成を促す様々なプロセスが活性化される。やがて新生された血管によって組織の隅々まで酸素が届くと血管形成は止まる。これは通常の発生過程でも同様で、新たに出来た組織に酸素が行き届くように、血管形成の誘導と抑制のバランスが巧妙に保たれている。
マウスの網膜における血管形成は、網膜神経に誘導されたアストロサイトの流入に続いて起こる。これは出生後に起こるため実験上扱いやすく、哺乳類における血管形成のメカニズムを研究するのに良いモデルとなっている。網膜のアストロサイトは、血管新生を誘導する成長因子VEGFや、細胞外マトリクスを形成するフィブロネクチンを分泌することが知られる。細胞外マトリクスは成長中の血管の足場として機能し、血管が組織に沿って伸張するのに重要な役割を果たしている。低酸素下においてVEGFの発現が誘導されるメカニズムは比較的良く研究されているが、フィブロネクチンの発現および機能制御については未解明な点が多い。
幹細胞研究グループ(西川伸一グループディレクター)の植村明嘉研究員らは、マウス網膜のアストロサイトにおいて、Tlxという分子がスイッチとして機能し、フィブロネクチンによる細胞外マトリクスの形成を、酸素供給量に応じて制御していることを明らかにした。この研究は、米国のRegeneron Pharmaceuticals Inc.およびThe Salk Institute for Biological Studiesとの共同で行われ、The Journal of Clinical Investigation誌の2月号に発表された。
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正常網膜(左)においてはアストロサイト(赤)の周囲にフィブロネクチン(緑)がフィラメント上に細胞外マトリクスを形成しているが、Tlxノックアウトマウス(右)では、細胞外マトリクスにフィブロネクチンが分泌されておらず細胞内に留まっている。 |
彼らはまず、Tlxは血管が行き届いていないアストロサイトのみで発現しており、伸長してきた血管に接触すると発現が激減することを見出した。このTlxの発現は、VEGFやフィブロネクチンの発現と相関しており、また血管と接触したアストロサイトのみで見られるGFAPの発現と綺麗に置き換わることからも、血管形成前のアストロサイトに厳密に特異的であることが分かった。またこれらの結果は、TlxとGFAPの間に何らかの関係があることも示唆している。しかし興味深いことに、TlxとVEGFの発現は酸素濃度に対応して起こるのに対し、フィブロネクチンは酸素供給量が満たされた後もmRNAレベルでは発現していることが示された。続いて遺伝子ノックアウトによってTlxの機能を調べたところ、Tlxヌルのマウスでは、アストロサイトによるVEGFの分泌は起こっているものの、血管形成に異常をきたし、正常な網膜血管が全く形成されないことが分かった。これは、Tlxヌルではフィブロネクチンによる細胞外マトリクスの形成が起こらず、足場を失った血管が伸長できないことが原因であった。
植村研究員は、「糖尿病に起因するものも含め、網膜の血管新生の異常に伴う多くの視覚障害が知られている。今回のTlxと細胞外マトリックスについての研究が将来ヒトの網膜研究にも応用され、いつか視覚障害の治療の「足場」を築けば嬉しい」と語っていた。
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