独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年07月29日


シナプス形成におけるネクチンの働き

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細胞は社交的な生き物だ。細胞表面に発現したタンパク質を介して隣り合う細胞とコミュニケーションをとったり、遠く離れた細胞とも分泌性のシグナル分子を介して会話をしている。このような細胞間コミュニケーションは発生が正常に進む上で必須であるが、最もよく知られるのは神経ネットワークの形成かも知れない。神経細胞は樹状突起および軸索と呼ばれる2種類の神経突起を伸ばし、これらの突起が出会うとシナプスと呼ばれる接合部が形成され、細胞間の情報伝達が実現する。樹状突起は入力端子、軸索は出力端子の役割をもち、シナプスは常に樹状突起と軸索の組合せで形成される。しかし、これらの神経突起がどの様にして互いを選別しているのか、言い換えれば、どのようなメカニズムによって入力と出力の組合せが保証されているのだろうか。

今回、理研CDBの富樫英研究員(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らは、細胞同士を結びつける接着分子ネクチンの組合せが、樹状突起と軸索の選択的な親和性を司るメカニズムを明らかにした。この研究成果は、7月2日に発行されたThe Journal of Cell Biology誌に掲載され、同誌の表紙を飾った。

ネクチン1(青)を過剰発現する海馬神経とネクチン3(赤)を過剰発現する海馬神経の共培養。異種ネクチンの接着作用により神経突起同士が複雑に絡み合っている。樹状突起を可視化するためにMAP2(緑)も染色している。

これまでの研究で、神経細胞におけるネクチンの挙動が解析され、ネクチン1(N1)はシナプス前膜(軸索末端)に、ネクチン3(N3)はシナプス後膜(樹状突起末端)に局在することが報告されていた。また、ネクチンは異種のネクチンと強く結合する性質が知られるほか、シナプスの結合を安定化させる別の接着分子カドヘリンを呼び寄せる働きを持つと考えられている。これらの知見を元に、富樫らはシナプス形成におけるネクチンの機能を明らかにしようと研究を重ねてきた。

富樫らはまず、海馬神経の免疫染色を行なったところ、N3は軸索にも樹状突起にも同程度に分布するが、N1は軸索に局在していることが明らかとなった。また、軸索と樹状突起が接触すると、N1およびN3が接触部位に濃縮するのに対し、樹状突起同士が接触した場合は、その様な濃縮は起こらないことが分かった。次に、神経細胞でN1を過剰発現させると、樹状突起にも多く分布するようになり、同時に細胞形態に異常が生じることが分かった。通常、樹状突起と軸索は細胞体から放射状に伸びるが、N1を過剰発現させると、同じ細胞の軸索と樹状突起が絡みつき、さらに、樹状突起は自分自身に接着して複雑にこんがらがってしまった。逆に、培養した海馬神経でN1遺伝子をノックアウトすると、シナプス形成を示すマーカーの発現は見られるにもかかわらず、樹状突起と軸索の安定な結合が阻害された。

ネクチンは膜貫通タンパク質であり、細胞外ドメインと細胞内ドメインをもつ。彼らは、どちらか一方のドメインを欠損させる解析を行った結果、N1の細胞内ドメインが軸索への局在に必要であることが明らかとなった。また、N1の細胞外ドメインとN3の細胞内ドメインを結合させた分子を発現させたところ、N1を過剰発現した時と同様の表現型が観察された。また彼らが、N1を過剰発現させた神経細胞とN3を過剰発現させた神経細胞を共培養すると、やはり樹状突起同士が結合してしまった。次に、N1またはN3を発現させたHEK293細胞と通常のHEK293細胞をモザイク状に培養し、そこに神経細胞を共培養したところ、樹状突起とN1を発現するHEK293細胞が接触した部位でN1が濃縮することが分かった。一方で、軸索との接触部位ではいずれのネクチンの濃縮も起こらなかった。

富樫らはまた、細胞内でカドヘリンに結合するβカテニンが、ネクチンと同様の挙動を示すことを明らかにした。神経突起の接触部位にネクチンが濃縮するのに伴って、βカテニンも同様に蓄積していたのだ。さらに、ネクチンの過剰発現は、シナプス形成のあるなしに関わらず、Nカドヘリンの増加を促していた。また、Nカドヘリンの過剰発現は神経突起の結合に影響を与えなかったが、カドヘリンの細胞接着を支えるαNカテニンを欠損した場合は、N1を過剰発現させた際に見られる異常が抑制されることが分かった。

これらの結果から彼らは、神経突起同士の選別と結合にネクチンが重要な役割を果たす新たなモデルを提唱している。軸索で発現するN1は樹状突起で発現するN3と選択的に結合し、カドヘリンによる細胞接着を促進する。そのため、N1非存在下ではカドヘリンによる細胞接着が弱まるのに対し、N1を過剰発現させると軸索と樹状突起の接着が過剰に安定すると共に樹状突起同士の結合も誘発される。「以前は軸索と樹状突起の接着にはカドヘリンだけで十分だと考えていた。しかし今回の結果は、ネクチンと共同で働くことで、カドヘリンが、より巧妙なかたちで使われることが分かった」と竹市グループディレクターは話す。「カドヘリンとネクチンのようなIgスーパーファミリー分子との相互作用は、他の細胞間結合にも働いている可能性があり、将来それらの可能性についても検討したい。」


掲載された論文 http://www.jcb.org/cgi/content/abstract/174/1/141

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