独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年2月19日


βカテニンに新たな機能

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一つの分子が状況に応じて異なる機能を示すことはよくある。βカテニンも2つの機能で知られ、古典的カドヘリンに結合して細胞間接着を調節すると共に、発生のさまざまなステップで重要な役割を果たすWntシグナル経路の構成因子でもある。今回、理研CDBの安部健太郎(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らは、神経系のシグナル伝達におけるβカテニンの新たな機能を明らかにした。後シナプスにおいてNMDAレセプターの活性化がβカテニンの切断を誘導し、切断されたβカテニンは核内の転写活性化に働くという。安部氏は京都大学大学院生命科学研究科の博士課程に在籍し、連携大学院制度を利用してCDBで研究を行っている。なお、この研究成果はNeuron誌に2月1日付で発表された。

培養した海馬神経細胞において、βカテニンはシナプス付近のみに局在するが(左)、グルタミン酸でNMDAレセプターを活性化すると核内でも検出されるようになる(右)。

「当初は神経活動とカドヘリンによる細胞接着との関連について研究していました」と安部氏は話す。「ところがその過程で、培養した海馬神経細胞にNMDAレセプターを活性化する試薬を加えると、βカテニンの短い断片が細胞内に生じることがわかったのです」。この偶然の発見が発端となり、βカテニンが切断されるメカニズムとその生物学的意味を明らかにしようと考えたという。

安部らは、NMDAレセプターを活性化すると、カルパインプロテアーゼによってβカテニンのN末端が切断され、これによってβカテニンが分解から保護されることを明らかにした。通常、完全長のβカテニンはGSK3βと呼ばれる酵素によってリン酸化され、これが標識となってさらにユビキチン化を受け、プロテアソームによるタンパク質分解のターゲットとなる。Wnt経路の活性化はこの分解を抑制し、結果として核内へ移行したβカテニンはTcf/Lefといった転写因子と相互作用してさまざまな遺伝子を転写活性化することが知られる。今回の研究は、カルパインによる切断を受けたβカテニンも分解から逃れ、核内へ移行して転写活性化に寄与することを示した。「まだ結論付けることはできないが、カルパインはカドヘリンに結合したβカテニンも切断できるようだ。だとすれば、遺伝子発現の変化、つまり細胞レベルでの神経活動の変化と、シナプスにおける細胞接着の変化を関連付けられるかもしれない」、と安部氏は語る。

さらに実験を進めたところ、カルパインの阻害剤を加えるとβカテニンの切断は抑制され、Tcf依存的な転写活性化が抑制されることがわかった。この効果は、カルパインによる切断と同じ長さのβカテニン断片を発現させることでキャンセルされた。これらの結果から、βカテニンを切断しているのが確かにカルパインであること、また、切断されたβカテニンがTcfを介した転写活性化に寄与していることが確認された。そこで安部らは、この経路によって活性化される具体的な遺伝子の同定を試みた。すると、NMDAレセプターの活性化によって、古典的Wnt経路でも活性化される遺伝子Fos11の発現が上昇することがわかった。Fos11の発現上昇もカルパイン阻害剤によって抑制されること、βカテニン断片の発現によって回復することが示された。

安部氏は、「今回発見したβカテニンによる転写活性化経路が、記憶や学習といった神経活動にどのように影響しているのか今後調べたい。シナプスの安定性と神経細胞の機能がどのようにカップリングされているのかも非常に興味深いテーマです」と話す。



掲載された論文 http://www.neuron.org/content/article/abstract?uid=PIIS0896627307000360

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