非対称細胞分裂におけるβカテニンの新たな機能 |
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βカテニンは通常2つの機能を持っている。カドヘリンの細胞内ドメインに結合して細胞接着に働くと共に、発生のさまざまなステップで重要な役割を果たすWntシグナル経路の構成因子でもある。しかし、線虫C.elegansにおいては、これらの機能を2つの異なるβカテニン分子が担っており、HMP-2と呼ばれる分子がカドヘリンと結合し、WRM-1と呼ばれる分子がWnt経路を構成している。Wntシグナルの非対称な入力は、細胞内因子の非対称な分配を誘導し、細胞分裂の非対称性、すなわち細胞の多様性を生み出している。WRM-1自身も非対称分裂に伴って細胞前側の表層と後側の娘核に局在することが知られている。しかしながら、細胞表層に局在するWRM-1が何をしているのかはこれまで明らかでなかった。
理研CDBの水本公大氏(細胞運命研究チーム、澤斉チームリーダー)は、細胞表層に局在するWRM-1が、APR-1など他の因子を介して、前側核におけるWRM-1の蓄積を抑制していることを明らかにした。この研究は米国の科学誌Developmental Cellに2月5日付でオンライン先行発表された。なお、水本氏は神戸大学自然科学研究科の大学院生で、連携大学院制度を利用して理研CDBで研究を行っている。
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細胞前側の表層にAPR-1(上)およびPRY-1(下)が局在している様子。それぞれGFPとの融合タンパクをV5.p細胞に発現させている。 |
「Wnt経路におけるβカテニンの機能を調べるうえで、線虫は非常に適したモデル生物です」と水本氏は話す。他の多くの生物と違って、カドヘリン複合体における機能とWnt経路における機能を切り離して解析できるからだと言う。「非対称分裂の際に、WRM-1が細胞後側の核と前側の表層に局在することは知られていたが、表層に局在したWRM-1が何をしているのか突き止めたかった」と今回の研究の動機を語る。
彼らはまず、胚発生後期に出現するT細胞において、前側だけでなく表層全体にWRM-1を発現する組換え変異体を作成した。すると、通常であれば、核にWRM-1をもつ後側の娘細胞は神経細胞に、もう一方の娘細胞は表皮細胞に分化するはずが、両方の娘細胞が表皮細胞に分化してしまうなど、WRM-1の機能を欠損した時と同様の表現型が観察された。また、組換え変異体では、非対称分裂の調節に働くことが知られるMAPKの線虫ホモログLIT-1も、細胞表層における非対称性を失っていた。
次に水本らは、APCの線虫ホモログであるAPR-1に注目して研究を進めた。APCは、Wntシグナル非存在下でβカテニンを分解へと導く「分解複合体(destruction complex)」の構成因子として知られる。しかし、線虫のWRM-1は分解複合体の標的配列を持っていないことから、APR-1の機能は不明だった。彼らがAPR-1の発現をRNAiによって阻害すると、WRM-1を表層全体に発現させた時と逆の表現型、つまり両方の娘細胞が神経細胞に分化することが分かった。この表現型は、Wnt/MAPK経路を活性化させた場合と同様と考えられ、APR-1がこれらの経路に対して抑制的に働いていることを示唆していた。また、APR-1の発現を抑制すると、WRM-1が後側の核だけでなく、両方の核に局在することも示された。「APR-1はタンパク質の核外輸送に関与することからも、前側核におけるWRM-1の蓄積を阻害していることは確かなようです」と水本氏は話す。APR-1や別の分解複合体構成因子PRY-1も、WRM-1と同様に前側の細胞表層に局在していた。また、Wntシグナルを受容できない変異体では、これらの分子の非対称な局在は失われていた。
これらの結果から、彼らは次のようなモデルを立てている。「細胞表層に局在したWRM-1が、APR-1を同じく前側の細胞表層に局在させる。次に、APR-1が前側核におけるWRM-1の排出を誘導し、核の非対称性が確立されると考えています」と水本氏。「細胞表層に局在したWntシグナル分子が、結果的には核内のWntシグナルを抑制している、非常に複雑なメカニズムです」と説明する。「しかし、別の種類の細胞では、APR-1がWRM-1の核への蓄積に働いていることも示されており、今後より詳細に検討する必要があります」。
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