独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年4月6日


カドヘリン8が冷覚の伝達に機能

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カドヘリンは細胞同士を結びつける分子として、多細胞動物成立の根幹をなす。細胞表面に発現したカドヘリンが、別の細胞に発現した同種のカドヘリンと結合し、細胞の接着、組織化が起こるのだ。しかし近年、カドヘリンは単に細胞同士を結びつけるだけでなく、動物のより高次な機能にも働いていることが明らかになりつつある。

理研CDBの鈴木祥宏リサーチアソシエイト(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らは、冷覚を受容する感覚神経細胞の神経伝達にカドヘリン8が機能していることを明らかにした。カドヘリン8をノックアウトしたマウスでは、冷刺激に対する反応性が低下するという。この研究は、九州大学との共同で行われ、The Journal of Neuroscience誌に3月28日付けで発表された。

感覚神経細胞の軸索(青)と脊髄後角神経細胞の樹状突起(赤)がシナプス
を形成している様子。共にカドヘリン8を発現している。(免疫電子顕微鏡法)

鈴木らは以前より、神経回路形成におけるカドヘリンの機能について研究を進めてきた。神経系には古典的カドヘリンと呼ばれる20種類近くのカドヘリン分子が存在しており、それぞれ異なったパターンで神経回路に対応して発現している。そのため、カドヘリン分子は神経細胞間の選択的なシナプスの形成やその機能に重要な働きをもつと考えられている。しかし、多様なカドヘリン分子がそれぞれどのような機能を担っているのか、その詳細は明らかでない。

今回、冷覚を感じる神経回路におけるカドヘリン8の機能に注目したのは、偶然の発見からだったという。「カドヘリン8のノックアウトマウスをつくると、予想外にも尻尾が立ちっぱなしになったのです。これは、マウスにモルヒネを投与したときに見られる現象と非常に良く似ていました」、と鈴木氏は振り返る。カドヘリン8も、モルヒネの受容体であるμオピオイドレセプターと同じく、脊髄後角(脊髄の最も背側部分)に強く発現していることから、この部位に注目して研究を進めた。脊髄後角は、体表での温度感覚や痛覚などを感じる後根神経節(DRG, dorsal root ganglia)の感覚神経細胞からの入力を受ける部分で、これらの感覚を受容するのに重要な部位である。

カドヘリン8のノックアウトマウスでは、尻尾が立ったままになる。

まず彼らは、DRGにおいてカドヘリン8を発現する神経細胞を同定し、それらの感覚神経細胞と脊髄後角でカドヘリン8を発現する神経細胞との関係を調べた。その結果、DRGでは、カドヘリン8を発現する感覚神経細胞の多くが、メンソールや冷温を感知するイオンチャネルTRPM8を発現しており、逆にTRPM8を発現する感覚神経細胞の多くがカドヘリン8を発現していることを見つけた。続いて電子顕微鏡による観察により、カドヘリン8を発現する感覚神経細胞とカドヘリン8を発現する脊髄後角の神経細胞がシナプス結合し、そのシナプスにカドヘリン8が局在していることを明らかにした。

次にカドヘリン8ノックアウトマウスにおいて、これらの神経細胞間のシナプス結合を電子顕微鏡で調べたところ、カドヘリン8がなくても両者は依然としてシナプスで結びついている事がわかった。さらに、電気生理学的解析によって両者の間のシナプス機能を解析したところ、通常カドヘリン8を発現する後角神経細胞にはTRPM8陽性感覚神経細胞からの入力があるが、カドヘリン8が無くなるとその入力も無くなるという結果を得た。つまり、カドヘリン8が無くてもTRPM8陽性感覚神経細胞とそのターゲットである脊髄後角の神経細胞はシナプスをつくれるが、そのシナプスは機能不全になっているという結論に達した。

一つの感覚神経細胞は10種類近くのカドヘリンを発現していることや、カドヘリン8ノックアウトマウスでも依然としてカドヘリンに結合するカテニンがシナプスに局在することから、TRPM8陽性感覚神経細胞と脊髄後角神経細胞とのシナプス接着は他のカドヘリンによって代替されているはずである。それにも関わらずシナプス伝達に異常があるということは、カドヘリン8は他の古典的カドヘリンにはないユニークな機能を持っていることを示唆している。鈴木氏は、「カドヘリン8はシナプス前末端において、シナプス小胞による神経伝達物質の分泌を制御しているのかもしれない」と可能性の一つを説明する。そして「TRPM8陽性感覚神経細胞とそのターゲット細胞とのシナプスにおいてカドヘリン8が具体的にどんな働きをしているのか、今後明らかにしていきたい」と話す。




掲載された論文 http://www.jneurosci.org/cgi/content/full/27/13/3466

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