独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年5月7日


CycE/CDK2が静止期細胞の分化を抑制している

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細胞の分裂と分化は対照的な関係にある。通常、分裂中の細胞は未分化な状態を保ち、最終分化を遂げた細胞はもはや分裂しない。細胞周期を調節する因子としてcyclinやcyclinと結合して機能するCDK (cyclin-dependent kinase)、CDKの阻害因子であるCKIなどが知られるが、これらの分子は細胞分化の制御にも関与している。しかし、静止期の細胞(分裂も分化もしていない無活動状態の細胞)において、これらの分子がどのような役割を担っているのかは未解明のままだった。

理研CDBの藤田正樹研究員(細胞運命研究チーム、澤斉チームリーダー)らは、線虫C.elegansをモデルにした研究で、細胞周期調節因子の厳密な発現バランスが静止期細胞の未分化状態を維持していることを明らかにした。CycE/CDK2の活性が未分化状態の維持に機能しており、かつ細胞分裂を誘導しないレベルに抑えられているという。この研究はオープンアクセスの科学誌、PLoS Oneに5月2日付けでオンライン発表された。

野生型およびcye-1変異体におけるDTC細胞(緑)の様子。cye-1変異体では過剰なDTCの形成がみられる。

線虫の生殖腺はZ1およびZ4と呼ばれる一組の前駆細胞から形成される。これらの細胞は2回の分裂を経て4つの子孫細胞を生み出し、両端に位置する細胞(Z1.aaおよびZ4.pp)はDTC 細胞(distal tip cells)に分化する。DTC細胞は胚の中を移動してU字型の生殖腺を誘導する役割をもつ。藤田らはまず、cye-1遺伝子(線虫のcyclinEホモログ)を欠損する線虫ではDTC細胞が過剰に形成されることを発見した。過剰なDTC細胞の由来を調べたところ、通常のDTC細胞の姉妹細胞であるZ1.apおよびZ4.paであることが明らかとなった。CyclinEはCDK2と結合して機能することが知られることから、cdk-2遺伝子の機能欠損実験も行ったところ、cye-1変異体と同様にDTC細胞が過剰に形成されることが示された。

次に、cye-1およびcki-1(CKIの線虫ホモログ)の局在を調べたところ、Z1およびZ4の孫細胞で非対称に発現していることがわかった。cye-1の発現は通常静止期にあるZ1.apおよびZ4.pa細胞で高く、cki-1の発現はDTCへと分化するZ1.aaおよびZ4.pp細胞で高かった。さらに、wrm-1遺伝子(βcateninの線虫ホモログ)の温度感受性変異体を用いた実験で、cye-1cki-1の非対称な活性がWnt/MAPK経路によって制御されていることが明らかになった。

続いて彼らはcki-1cye-1/cdk-2の関係について解析を進めた。その結果、cki-1のみを欠損させると細胞分裂が過剰に起こるのに対し、cye-1またはcdk-2の欠損が組み合わさると過剰分裂の表現型が抑制されることがわかった。このことから、cki-1cye-1/cdk-2を阻害することでZ1.apおよびZ4.pa細胞の分裂を抑制していることが示唆された。

これらの結果を総合すると、cye-1はZ1.apおよびZ4.pa細胞において未分化状態を維持する機能をもっているが、同時にcki-1によって細胞分裂を誘導しないレベルに抑制されているといえる。また彼らは、表皮系幹細胞の一種seam細胞においてもcye-1が分化を抑制していることを示しており、cye-1の分化抑制能は線虫において一般的である可能性が示唆される。また、澤チームリーダーは、「幹細胞の多くは静止期にあります。今回のcye-1のように、細胞周期調節因子が他の生物種においても幹細胞の未分化状態の維持に機能している可能性が考えられます」とコメントする。




掲載された論文 http://www.plosone.org/article/fetchArticle.action?articleURI=info%3Adoi%2
F10.1371%2Fjournal.pone.0000407

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