カメはどのようにして甲羅を獲得したのか |
|
|
カメがもっていて他の脊椎動物がもっていないもの――それはもちろん甲羅だ。甲羅は皮膚が角質化して硬くなったもの、と勘違いされがちだが、実際は肋骨が背中側で放射状に形成され、その間がつながったものだ。その結果として、カメにおいては肋骨と肩甲骨の位置関係が逆転している。これらの中間状態をとる生物は見られず、甲羅の獲得が短期間のあいだに一気に起きたことを示唆している。この劇的な変化はどのような発生プログラムの変化によってもたらされたのだろうか。
カメの咽頭胚の脇腹には、後の甲羅の外縁に相当する甲稜(carapacial ridge: CR)と呼ばれる隆起が頭尾軸に沿って現れる。これはカメ胚に特有で、しかも、肢の形成に重要な機能を持つとされる肢芽先端の外胚葉性頂堤(apical ectodermal ridge: APE)と良く似ていることから、CRが肋骨の変形を導き、甲羅を形成すると推測されてきた。遺伝子発現から見てもCRは確かにカメ胚に特有の構造であり、他の脊椎動物に対応する部分はない。
今回、理研CDBの長島寛研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、スッポンPelodiscus sinensisをモデルにした研究で、CRはむしろ甲羅原基の成長と放射状の肋骨形成に必要であり、肋骨の位置関係を変える能力はないことを明らかにした。この研究成果はDevelopment誌に5月16日付けでオンライン先行発表された。
|
スッポンの骨組織をアリザリンレッドで染めた様子。甲羅が肋骨で形成されていることがわかる。 |
長島らはまず、CRが生じる部位を形態学的に詳しく観察し、甲羅をもたない他の脊椎動物と比較した。するとCRの細胞は、後に肋骨や骨格筋を形成する体節に由来することが明らかになった。また、ニワトリ胚の肋骨は発生に伴って腹側の体壁へと侵入するが、カメの肋骨は背側の位置に留まり、そこで外側に伸長することがわかった。
次に彼らは、CRに特異的に発現することを以前に報告したLEF-1遺伝子の機能解析を進めた。エレクトロポレーション法によって優性抑制型(dominant-negative)のLEF-1をCR予定域で発現させると、甲羅の成長が阻害されることから、この遺伝子がCRの維持と機能に働いていることが示唆された。また、CRを除去しても、AERとは異なり、多くの場合再生することが多いものの、CRが除去された場合には、肋骨の放射状パターンのみが乱れた。このことから、CRは肋骨の背腹軸における位置関係を決めているわけではなく、カメの肋骨に独特の、辺縁に向けた放射状のパターンをつくり出していることが示された。
「カメは甲羅を進化させるに当たって、何ら特別に新しいものをつくり出したわけではない」、と倉谷グループディレクターは話す。「カメに特有なのはむしろ、肋骨の成長が背側に限定され、側方に伸びて甲羅となるということだけだ。今回の研究は、CRが側方への伸長をコントロールしているらしいことを明らかにしたが、肋骨と肩甲骨の位置関係が逆転する機構については未解明のままだ」。彼らは今後、骨組織と筋組織の解剖学的関係に焦点を当て、カメがこの世に生まれた決定的な形態形成的要因を明らかにしていきたいという。
|