母性核小体が哺乳類の初期発生に必須 |
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卵子と精子は受精によって互いの遺伝情報を持ち寄るだけでなく、受精卵の形成に必要な様々な因子や細胞内小器官を持ち込む。この際、卵子のみによって供給される物質と精子のみによって供給される物質があり、それらが相補することによって、全能性、すなわちあらゆる種類の細胞に分化し一個体をつくりあげる能力を獲得する。卵子の元になる卵母細胞の核には、核小体と呼ばれる明確な構造が見られる。核小体はタンパク質を合成する細胞内小器官、リボソームを構築する場だ。しかし、成熟した卵母細胞や卵子ではリボソームRNA(リボソームの構成成分)の合成は全く起こらないため、これらの細胞に見られる核小体は積極的な機能を持たないのでは、と考えられてきた。
理研CDBの大串素雅子研究員(哺乳類生殖細胞研究チーム、斎藤通紀チームリーダー)らは、卵母細胞の核小体が、全能性をもつ受精卵の構築や初期胚発生に必須であることを明らかにした。また、受精卵に見られる核小体は卵子のみによって供給される母性因子であることも示した。この研究は神戸大学、チェコ共和国 Institute of Animal Scienceなどとの共同で行われ、Science誌の2月1日号に掲載された。
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卵母細胞から核小体(Nucleolus)を取り除く様子:核には核小体が明瞭に観察され(上)、極細のピペットで緩やかに吸引することで取り除くことができる。 |
卵母細胞の核小体には機能がないと長年考えられてきたが、近年になって、体細胞においては核小体がリボソーム構築以外の機能を持つことが報告されていた。また、卵母細胞は明瞭な構造をもつことや、未受精卵に体細胞核を移植したクローン胚では胚発生が頻繁に停止することからも、「卵母細胞の核小体には何か特殊な機能があるかも知れない」と、大串研究員らは考えていた。しかし、研究が進んでいないだけに、卵母細胞の核小体の構成因子は明らかになっておらず、それらを対象とした分子生物学的手法、生化学的手法は使えなかった。そこで彼女らは、近年発達が著しいマイクロマニピュレーションと呼ばれる顕微操作技術を駆使し、哺乳類の卵母細胞から核小体のみを摘出する方法を開発した。この手法を用いて、ブタやマウスから採取した卵母細胞を用い、核小体のみを取り除いた際に何が起きるのかを詳細に追った。
まず、核小体を取り除いた卵母細胞を試験管内で培養したところ、通常と同じように減数分裂が進行し、一見正常な卵子へと成熟していた。ところが、その卵子を受精させると、通常であれば卵子由来の核(雌性前核)と精子由来の核(雄性前核)に核小体が見られるはずが、共に欠損していた。これは、卵母細胞由来の核小体が雌性前核のみならず、雄性前核にも核小体を供給しているという興味深い結果だった。次に、この様にしてできた受精卵が発生できるか否かを調べたところ、タンパク質合成能やDNA複製能は正常であるにもかかわらず、数回の卵割後に発生が停止してしまうことがわかった。卵母細胞から核小体を取り除き、再び戻してから受精させた場合は正常に発生することから、この異常は実験操作による卵母細胞の損傷によるものではないことが裏付けられた。
次に大串研究員らは、核小体を取り除いた卵母細胞に、体細胞やES細胞から取り出した核小体を移植する実験を行なった。すると、核小体を失った場合と同様に、偽前核中に核小体が形成されない、数回の卵割後に発生が停止する、といった異常が見られた。この結果は、卵母細胞の核小体は特有の機能を持ち、他の細胞の核小体によって代替できないことを示していた。
この研究は2つの点で重要な意味を持つと言える。まずは、これまで機能をもたないと考えられてきた卵母細胞の核小体が、受精卵の全能性の獲得と正常な初期発生の進行という、極めて重要なステップに寄与していたことだ。また、受精卵に存在する核小体が卵子のみに由来していることが示され、片親からもたらされる細胞内構造体として、1974年のミトコンドリア(卵子由来)、1976年の中心小体(精子由来)に継ぐ、歴史的価値の高い発見となった。第2に、応用的価値がある。医学分野ではES細胞からの卵子の作出、オーダーメイド医療を目指したクローンES細胞の作出といった研究が進む。しかし、全能性獲得のメカニズムが解明されない限り、大幅な進展は望めない。今回、卵子由来の核小体が固有の機能をもつことが分かり、全能性獲得機序との関連が示唆される。大串研究員は、「核小体の構成因子や機能はまだほとんど分かっていません。これらを一つひとつ明らかにしていくことで全能性獲得機序の解明に繋がればと思います」、と抱負を語る。
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