独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年2月5日


ヒトES細胞から視細胞の分化誘導に成功

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視細胞や網膜色素上皮細胞の変性は、多くの網膜疾患や失明の原因となっている。2006年、胎児網膜由来の視細胞を変性網膜に移植することで視機能が回復することが報告され、視細胞移植による網膜再生が治療法の一つとして注目されている。しかし、胎児網膜は入手困難なため、これに代わる移植細胞源が求められていた。そこで理研CDBの笹井チームリーダーらは、増殖能と多分化能をあわせもつES細胞に着目し、マウスES細胞から視細胞の元となる網膜前駆細胞を誘導することに成功していた。また、このようにして得た網膜前駆細胞を胎児網膜と共培養することで視細胞を分化誘導できることも示していた。しかしこれら方法では、未知の因子を含む血清や胎児網膜を用いるため、将来の移植利用を考えた場合、感染や免疫反応の危険性が残っていた。

今回、理研CDBの小坂田文隆研究員、池田華子客員研究員(共に網膜再生医療研究チーム、高橋政代チームリーダー)らは、未知成分を含む血清や胎児網膜を用いずに、ヒトES細胞から視細胞を高効率に誘導する手法を確立した。この方法では既知成分のみを用いて培養、分化誘導するため、移植に伴うマウス由来の未知のウイルス感染や異種タンパク質による免疫反応の可能性は極めて低いと考えられ、将来の医療応用に向けて大きく前進したと言える。この研究は文部科学省の「再生医療の実現化プロジェクト」の一環として行なわれ、Nature Biotechnology誌に2月3日付けでオンライン先行発表された。

ヒトES細胞から分化した視細胞:ヒトES細胞をDkk-1とLefty-Aで処置し、その後レチノイン酸とタウリンで処置することにより分化した杆体視細胞(ロドプシンを赤、リカバリンを緑で染色)。

彼らはまず、以前に確立した手法を用いてマウスES細胞から網膜前駆細胞を誘導し、そこから胎児網膜を用いずに視細胞を誘導する方法を検討した。発生過程では、視細胞の誘導にNotchシグナルの抑制が必要であることが知られる。そこで、マウスES細胞から得た網膜前駆細胞を、Notchシグナルを抑制する化合物DAPTで処置したところ、視細胞前駆細胞が誘導された。さらに、視細胞の発生に必要な因子として知られるレチノイン酸とタウリンを培地に添加したところ、主要な視細胞である錐体視細胞と杆体視細胞を共に誘導できることが明らかとなった。

次に彼らは、サルES細胞を用いて、血清を用いない分化誘導法の確立を模索した。マウスES細胞の培養系では、Dkk-1、Lefty-A、牛胎仔血清、アクチビンAという4つの培養成分を用いていたが、処置期間を長くすることで、これらのうち牛胎仔血清とアクチビンを添加せずに網膜前駆細胞を誘導することに成功した。そのまま培養を続けると、これらの細胞は網膜色素上皮細胞へと分化した。また、網膜前駆細胞をレチノイン酸とタウリンで処置すると、錐体視細胞と杆体視細胞に分化した。

そこで、ヒトES細胞にも同様の条件を適用したところ、Dkk-1およびLefty-Aの添加による網膜前駆細胞および網膜色素上皮細胞の誘導、さらにレチノイン酸とタウリンの添加による錐体視細胞と杆体視細胞の誘導、というシナリオは、ヒトES細胞にもそのまま当てはまることがわかった。この方法により、ヒトES細胞から20〜30%の高効率で視細胞を得ることに成功した。

今回の研究によって、動物の血清や胎児細胞などを使わない既知成分だけを用いた培養方法で、ヒトES細胞から網膜細胞や視細胞を誘導することが可能になった。この成功の背景には、発生過程における視細胞分化の仕組みを詳細に検証し、その環境を試験管内に再現するという、地道だが確実性の高い彼らのアプローチがあった。この分化誘導法は、ES細胞と同じ性質を持つiPS細胞(induced pluripotent stem cells)にも適用できると考えられ、医療応用に向けた更なる可能性が開ける。しかし、高橋チームリーダーは、「実際の治療に用いるためにはまだ多くの課題があります。まず、ヒトES細胞から得られた視細胞の機能解析や、視細胞のみを分離する技術の開発が必要です。また、移植した際の拒絶反応や腫瘍形成の有無といった安全性の検証を詳細にする必要があります」、と話す。


理研プレスリリースへのリンク http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/080204/index.html
掲載された論文 http://www.nature.com/nbt/journal/v26/n2/abs/nbt1384.html
 
[ :お問合せ:独立行政法人: 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]

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