OL-プロトカドヘリン(OL-pc)の細胞移動への関与は、同グループの上村、平野らの研究によって示唆されていた。OL-pcを欠損するマウス脳の線条体ニューロンでは、軸索が走行途中で互いに固まってしまい、正常な軸索の伸長・移動が阻害されていたのだ。中尾らは今回、細胞移動におけるOL-pcの具体的な役割を明らかにするために一連の実験を行なった。
まず、マウス脳組織においてOL-pcと結合するタンパク質をスクリーニングし、Nap1と呼ばれる分子を同定した。OL-pcの部分欠損変異を複数作成して、Nap1との結合領域も決定した。Nap1は多くの動物種で保存され、WAVEなど複数のタンパク質と複合体を形成し、アクチンの編成に作用して葉状仮足の形成を促進することが知られている。実際に、彼らが行った実験でも、Nap1はWAVE1と結合しており、上述の複合体を形成していることが示唆された。
そこで中尾らは、細胞移動の制御におけるOL-pcとNap1との関連性を明らかにするために、培養したヒト星状細胞腫(astrocytoma)株を用いた実験系を組み立てた。この細胞に、OL-pcや、Nap1との結合ドメインを欠いたOL-pc(OL-pcΔNBS)を発現させ、各分子の局在や細胞移動を観察した。まず、OL-pcとNap1の局在を追ったところ、コントロール(対照実験)の細胞では、Nap1は葉状仮足のみに局在しているのに対し、OL-pcを発現させた細胞では、細胞同士の接触面にも局在していた。OL-pc自身は、カドへリン特有のホモフィリック(同種)結合により細胞接触面に濃縮していた。一方、OL-pcΔNBSを発現させても、Nap1の細胞接触面への局在は起こらなかった。これらの結果から、OL-pcが細胞間に濃縮することにより、Nap1を細胞接触面に動員している様相が明らかになった。また、OL-pcはNap1だけでなく、WAVE1も細胞接触面に動員していた。
次に、細胞移動に注目して解析を行なった。すると、OL-pcの発現は、接触面をもたない細胞には影響しなかったが、互いに接触している細胞には変化をもたらした。コントロールの細胞では接触面が安定し、一定時間極性を保って並走する様子が見られたが、OL-pcを発現する細胞では接触面が安定せず、接触したり離れたりを繰り返しながらランダムに移動する様子が見られた。また、細胞を密集した状態で培養した場合も、OL-pcを発現した細胞の方が高い移動性を示す事などもわかった。OL-pcの発現によるこれらの変化は、Nap1やWAVE1をノックダウンした場合や、OL-pcΔNBSを導入した場合では見られなかった。これらのことから、OL-pcによる接触面の不安定化と細胞移動の促進は、接触面へのNap1およびWAVE1の局在に依存していることが示された。
続いて、OL-pcの発現とアクチンおよびNカドヘリンの局在との関係を調べた。その結果、コントロールでは、アクチンとNカドヘリンは細胞接触面と平行して局在しているのに対し、OL-pcを発現した細胞では、これらの分子が細胞接触面に対して垂直方向に線上に分布することがわかった。また、Nカドヘリンを発現抑制すると、OL-pcを発現させた場合と同様に、細胞移動が促進されることなども明らかになった。 |