私たちの体には、約24時間の周期を刻む内在的なメカニズムが存在する。これは体内時計と呼ばれ、睡眠や覚醒、ホルモン分泌といった様々な生理現象を制御している。心・血管障害など、特定の時間帯に症状が現れやすい病気も多く知られる。また、体内時計に異常が生じると、社会活動に困難を来したり、睡眠の質の低下を招く。体内時計の示す時刻がわかれば、より効果的なタイミングで投薬をするといった「時間治療」が可能になると考えられる。しかし問題は、私たちの体内時計には文字盤も針もないことだ。
理研CDBの南陽一研究員と粕川雄也研究員(システムバイオロジー研究チーム、上田泰己チームリーダー)らは、慶応大学先端生命科学研究所との共同研究で、血中の代謝産物量から体内時刻を測定する新たな手法を確立した。体内時計に表示機能を与えたとも言えるこの研究成果は、米科学誌Proceedings of the National Academy of Science, PNASに5月30日付けでオンライン先行発表された。
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体内時刻判定の概念図:血中の代謝産物の増減パターンから体内時刻を判定する。例えば日中(右下)は、オレンジで示した物質の量が多く、青で示した物質の量が少ない。一方、夜中では(左上)その逆の分布がみられる。任意のサンプルの解析データをこれらの増減パターンに照らし合わせ、体内時刻を判定する。 |
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彼らの研究は、18世紀の植物学者、カール・フォン・リンネが考案した花時計に大きなヒントを得ている。リンネは、色々な花が固有の時刻に咲いたり閉じたりすることから、ある時に花壇を見ればその時刻を推定できることを見出した。そこで、花の開閉の代わりに、遺伝子発現や代謝物の増減をみれば体内時刻が分かると考えたのだ。同チームは2004年に、花時計をコンセプトにした「分子時刻表法」を開発し、体内時刻の測定を可能にしていた(科学ニュース:2004.8.12)。しかし、当時は肝臓における遺伝子発現を指標にしていたため、組織採取やRNA精製を必要とし、臨床現場で一般化するには障壁が残っていた。
今回彼らは、血液のメタボローム解析に着目した。メタボローム解析とは、代謝産物を包括的に解析することをいう。血液であれば臨床現場で日常的に採取されており、時間周期的に増減する代謝物があることも知られていたからだ。しかし、このような血中の振動物質が包括的に解析されたことはこれまで無かった。彼らはまず、マウスから4時間毎に2日間血液を採取し、慶応大学先端生命科学研究所が開発した液体クロマトグラフィー−質量分析法(LC-MS法)によってメタボローム解析を行った。得られたデータに対して数理学的解析を行い、24時間周期の明確な増減を示す代謝産物として、142種類の陽イオン物質、176種類の陰イオン物質を同定した。体内時計に異常を持つマウスでは、これらの周期性が失われていることも確認した。そこで彼らは、これらの振動物質を増減する時刻順に並べた「分子時刻表」を作成した。分子時刻表を見れば、どの時刻にどのような物質が増加しているかが分かる具合だ。次に、別のマウスから任意の時刻に複数回血液を採取し、同様のメタボローム解析を行って各振動物質量を測定した。このデータを先ほどの分子時刻表に照らし合わせると、実際に血液を採取した時刻を見事に言い当てていることが分かった。彼らは複数の実験を行い、マウスの遺伝的背景や雄雌、週齢、摂食時刻に関わらず、血液メタボロームによる体内時刻測定が有効であることも示している。
続いて、マウスの時差ボケ状態の測定を試みた。飼育環境の明暗周期をある時点でシフトさせ、それまでよりも8時間早く朝がくる環境にマウスをおいた。擬似的な時差ボケ状態をつくりだしたのだ。新しい明暗周期に移した直後、5日目、14日目にそれぞれ血液を採取し、分子時刻表法により体内時刻を測定した。その結果、新しい明暗周期に移した直後では体内時計は元の時刻を刻んでいたが、5日目には外界時刻との差が4時間に縮まり、14日目には新しい外界時刻と一致していることが示された。行動パターンからも、次第に新しい外界時刻に順応していく様子が観察された。
今回の研究は、新たに開発した分子時刻表法が、体内時刻の測定や概日リズム障害の評価に有効であることを示している。粕川研究員は、「ヒトはマウスに比べて摂食行動が非常に多様なので、それが今回の手法に与える影響を詳細に検討する必要があります」と話す。南研究員も、臨床で広く一般化するために、更なる簡便法の必要性を指摘するが、「血中の振動物質を新たに多数同定し、体内時刻の測定を可能にしたことで、時間治療の実現に大きく前進したと考えています」とコメントした。
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