独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年7月14日

神経細胞もふさわしい相手を選別する
-小脳顆粒細胞は培養下でも生体内と同様に苔状線維とだけ正しいシナプスを形成する-
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神経系とは膨大な神経細胞のネットワークである。走りたいと思ったら走れるのも、悲しい時に涙が出るのも、文章を読んで理解出来るのも、神経回路が正しく情報を伝えているお陰である。この回路が接続間違いをしていれば、体を思い通りに動かすことや、言葉を正しく理解するということが困難であるかも知れない。我々の神経系には何千億もの神経細胞が存在するといわれているが、この膨大な数の細胞が、間違いなく、正しい相手を選び正しい接続を形成するには、どのようなシステムが働いているのだろうか。
今回、伊藤祥子研修員(京都大学大学院生命科学研究科博士後期課程;高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)は、マウス小脳の神経細胞を用いて、培養下でも神経細胞が生体と同様の相手を選択し、その相手とだけ正しい構造と機能をもったシナプス(神経細胞間の情報伝達部)を形成することを明らかにした。この研究はProc. Natl. Acad. USA誌に掲載された。


神経細胞は軸索という長い突起を接続相手の神経細胞まで伸ばす。受け手となる神経細胞は樹状突起という短い突起で軸索とつながる。軸索と樹状突起が出会う部位はシナプスと呼ばれ、情報伝達のために特殊な形態と構造をしている。軸索の先端からは神経伝達物質が放出され、樹状突起側の受容体がそれを受け取ることにより情報が伝達される。神経回路とは神経と神経がこのシナプスを通して接続された集合体とも言える。もしシナプスがランダムに形成されていたら正確な回路は作れない。情報を整然と伝えるためには、神経細胞は正しい相手を選択してシナプスを形成しているはずである。
伊藤研修員は、このシナプス形成の選択性を調べるために、小脳にある神経細胞と、それらに投射しネットワークをつくる神経細胞をin vitroで培養(生体外で人工的に培養すること)することにより研究を進めた。小脳は運動制御の中枢とも言える部位であり、脳の各部位と回路を形成している。小脳には顆粒細胞とプルキンエ細胞という二種類の特徴的な神経細胞が存在する。顆粒細胞は、脳幹にある橋核という部位にある神経細胞から伸びる軸索(苔状線維)とシナプスを形成し、一方プルキンエ細胞は、同じく脳幹にある下オリーブ核にある神経細胞の軸索(登上線維)とシナプスを形成する(図1)。

図1
小脳の神経細胞とそれらに投射する神経線維

伊藤研修員はマウス脳から橋核の神経細胞、下オリーブ核の神経細胞、小脳には投射しない海馬神経細胞を摘出、培養し、それぞれの培養に小脳顆粒細胞を加え、シナプスがどのように形成されるかを解析した。
上述の通り、生体では、小脳の顆粒細胞は橋核の神経細胞が伸ばす苔状線維とシナプスを形成する。興味深いことに、人工的な培養下でも顆粒細胞は橋核の神経細胞からの軸索と、生体と同様の形態をもつシナプスを形成した(図2)。しかし、他の神経細胞の軸索、つまり下オリーブ核の神経細胞が伸ばす登上線維や、海馬の神経細胞の軸索とは見かけ上シナプスを形成はするが、その空間的配置や形態は生体と一致しておらず、また、神経情報伝達装置の機能も正常ではなかった。つまり顆粒細胞は、正しい相手の細胞からの軸索を選別するシステムを、内因的に持っていると考えられる。


図2 培養した小脳の顆粒細胞と苔状線維との間に形成されるシナプス。樹状突起の先端にシナプスが形成される。
緑:橋核からの軸索 赤:PSD95(樹状突起側のシナプスマーカー) 青またはシアン:MAP2(樹状突起のマーカー)

この実験結果は、培養下でも、神経細胞がシナプス結合のための相手を正しく認識することを証明した点で非常に有意義である。生体の脳は様々な種類の細胞が錯綜しており、認識過程の詳細な解析するには非常に扱いにくい対象である。神経認識を in vitro で再現できることで、機能する分子の探索や、イメージングによる認識過程の可視化などの解析が可能になる。
今回、顆粒細胞が選択的に相手を選びシナプスを形成することが明らかになったが、分子メカニズムの詳細は不明のままである。今後、神経細胞が如何に特異的なシナプスを形成するのか、そのメカニズムの研究に、今回のような培養系が貢献できると期待される。


掲載された論文

http://www.pnas.org/content/106/31/12782.abstract

 


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