独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年7月21日

Fatカドヘリンが細胞頭頂部の膜構造を調節する
PDF Download

細胞同士を接着させる分子としてカドヘリンが知られている。カドヘリンは膜貫通タンパク質で、細胞の外側で他のカドヘリンと結合して細胞同士を接着し、内側では細胞骨格と結合して細胞の形態や運動を調節している。しかし、カドヘリンの機能はそれだけに留まらない。動物は多種多様なカドヘリンをもち、細胞接着以外の働きもしている。

今回、理研CDB高次構造形成研究グループ(竹市雅俊グループディレクター)の石内崇士氏(理研ジュニアリサーチアソシエイト、京都大学大学院生命科学研究科博士後期課程)、田ノ上拓自研究員(現・神戸大学グローバルCOEプログラム特命助教)らは、FatカドヘリンとDachsousカドヘリンが、大脳皮質の神経前駆細胞に特徴的な細胞頭頂部の膜構造を制御していることを明らかにした。この成果は、6月8日発行のTHE JOURNAL OF CELL BIOLOGY誌に掲載された。

マウス胚大脳皮質の電子顕微鏡写真:(左)神経上皮細胞は、接着帯(黒くみえる部分)よりも頭頂部側(脳室側)に、細胞膜が隙間を空けて並列する領域をもつ。(右)Fat4を欠損させると、この膜接合領域が縮小し、頭頂部ドメインが退縮する。


FatとDachsousは巨大な細胞外ドメインをもつカドヘリンの一種で、ショウジョウバエにおいては、互いに結合して細胞極性や増殖の制御に関与することが知られている。哺乳類には4種類のFatがあり、そのうちFat4がショウジョウバエのFatに相当する。Fat4を欠損したマウスは臓器形成に異常を示すが、Fatが機能するメカニズムやDachsousとの関係はよくわかっていない。そこで石内らは、哺乳類におけるFatとDachsousの機能を詳細に検討することにした。


石内らがまず、マウス胚におけるFat4とDachsous1の局在を調べたところ、両者がともに高発現する領域として大脳皮質が特定された。大脳皮質の前駆細胞(神経上皮細胞)は、上皮細胞に特徴的な頭頂部側−基底側の極性をもち、また、頭頂部側には強固な細胞間接着構造である接着帯(zonula adherens、広義にはadherens junction)をもつ。Fat4とDachsous1は、接着帯よりも少し頭頂側に局在していた。平面方向から観察すると、接着帯の構成因子であるβ−カテニンなどは、細胞間の境界に沿って連続的に局在するのに対し、Fat4とDachsous1は断続的だった。この断続的な局在はショウジョウバエの上皮細胞でも報告されており、Fat4とDachsous1の種を超えた特徴であることを示唆していた。


次に、Fat4とDachsous1がヘテロフィリック(異なる分子間という意味)に結合して機能している可能性を検討した。培養細胞にFat4またはDachsous1を導入し、それらの細胞間接着や細胞塊形成を観察した。すると、これらのカドヘリンは、Fat4発現細胞とDachsous1発現細胞が互いに接する境界のみで濃縮することや、その際に頭頂部側の接着面に局在することなどが明らかになった。つまり、Fat4とDachsous1がショウジョウバエの場合と同様にヘテロフィリック結合していることが明らかとなった。彼らはまた、マウス胚の大脳皮質においてFat4がDachsous1の安定化に働くのに対し、Dachsous1はFat4の発現に抑制的であることも示している。この関係もショウジョウバエにおける両者の関係と一致していた。


石内らは、Fat4とDachsous1の細胞内結合因子についても調べた。その結果、Fat4の細胞内ドメインは、MUPP1及びPals1と結合していることが明らかになった。ショウジョウバエでは、MUPP1/Patj、Pals1は、Crumbsと共に分子複合体を形成し、細胞の極性形成や膜構造を制御していることが知られている。彼らは生化学的な手法および免疫染色法により、マウスの大脳皮質においてFat4、MUPP1、Pals1が分子複合体を形成して機能していることを確認した。一方で、MUPP1及びPals1の局在は、2つのカドヘリンとは異なる経路で制御されていることを示す結果も得られた。


最後に彼らは、マウス胚の大脳皮質においてFat4、Dachsous1、Pals1のRNAi法による発現抑制を行い、これらの細胞学的機能を調べた。大脳皮質の神経前駆細胞は、接着帯よりも頭頂部側に、細胞膜同士がわずかな隙間を空けて並列する膜接合領域をもつ。興味深いことに、Fat4またはPals1の発現を抑制すると、この領域がほぼ消失することがわかった。このような並列領域は通常の上皮細胞には見られないため、Fat4とDachsous1は細胞タイプ特異的に細胞頭頂部の膜構造を調節していることを示唆していた。


今回の結果は、これまでショウジョウバエで示されてきたFatとDachsousの分子的性質が哺乳類でも保存されていることを示すとともに、ショウジョウバエでは知られていなかった分子間相互作用、さらには、上皮細胞頭頂部ドメインの調節という新しい機能を明らかにした。石内氏は、「Fat4とDachsous1がどのようにして細胞膜の接合構造を制御しているのかはまだ分かりせん。細胞頭頂部の制御には他の因子、例えばCrumbs などが関与することが知られているので、これらとの機能的関係を明らかにする必要があります」、とコメントした。


 

掲載された論文

http://jcb.rupress.org/cgi/content/abstract/185/6/959

 


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.