「BrainStars」脳の包括的遺伝子発現データベースを公開 |
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私たちの脳は一体どのようにして機能しているのだろうか。膨大な数のニューロンが複雑な神経回路を形成していることは知られるが、どのようにして私たちの思考や記憶を生み出し、体の様々な生理や運動を司っているのだろうか。脳は人類に残された最大の謎の一つとも言われ、そのメカニズムを解明しようと弛まない研究が続いている。その一つは、脳の各領域における遺伝子発現を明らかにし、脳機能と遺伝子との関係性を調べようとする試みだ。
理研CDBの粕川雄也研究員、二階堂愛研究員(共に機能ゲノミクスユニット、上田泰己ユニットリーダー)と升本宏平客員研究員(システムバイオロジー研究プロジェクト、上田泰己プロジェクトリーダー)らは、成体マウスの様々な脳領域における遺伝子発現を包括的に解析し、そのデータを「BrainStars database」として公開した。この研究成果は、科学誌PLoS ONEに2011年8月12日付けで公開された。近畿大学医学部解剖学教室、理研CDBの大脳皮質発生研究チーム(花嶋かりなチームリーダー)との共同研究によるもの。
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今回の包括的な発現解析から予想された各脳領域間の関係性。矢印はリガンド/レセプターの方向性を示しており、体内時計を司る視交叉上核(SCN)にも多様な入力があることがわかる。 |
彼らはまず、脳および中枢神経系において、感覚、体内時計、記憶、不安、摂食などを司る51の領域を選定し、各領域から組織サンプルを採取した。これらのサンプルに対して定量的PCRを行い、組織特異的な遺伝子発現を調べた結果、既存の発現データと一致することから、サンプル採取の方法が適切であることが確認された。そこで、全サンプルに対してマイクロアレイ解析を行い、各領域における全遺伝子の発現データを包括的に取得した。得られた発現データをデータベース化し、各領域間における遺伝子発現の類似性を解析したところ、解剖学的、発生学的または進化学的な領域の分類と整合性があることが示された。また、網膜、下垂体、松果体では、発現パターンが他の領域とは大きく異なることが明らかになった。領域間の微妙な発現差を調べるために、これらの3領域は除外し、残る48領域について更なる解析を進めた。
まず、領域によって発現量が有意に異なる遺伝子を探索したところ、約8000個の遺伝子が同定された。このような発現の違いは各領域における細胞種の違い、または含まれる細胞種の組み合わせや比率の違いに起因することが予想された。さらに詳しく調べると、発現量が領域によって2〜4倍異なる遺伝子が同定され、その中にはGタンパク質受容体(GPCRs)や多くのホメオボックス遺伝子、核内受容体などが含まれていた。続いて、各領域のマーカー遺伝子として有用な遺伝子を探索した。ある一つの領域だけで顕著に高い、または低い発現を示す遺伝子を調べると、転写調節因子やそのターゲット遺伝子など、2000個を超える遺伝子が同定され、これらは領域マーカーとして利用できる可能性が示された。一方で、発現量が領域間で変わらない遺伝子も多く見つかり、これらはコントロール遺伝子として利用できることが示唆された。
彼らは、今回作成したデータベースを利用して領域間の機能的な関係性も調べている。神経伝達物質や神経ホルモン、およびそれらの受容体を発現している領域の組み合わせを解析したところ、視床下部と嗅球の間に強い関係性が示唆された。また、視交叉上核に向かって多くの神経入力があることが予測された。視交叉上核は体内時計の中心的な役割を担うことが知られるため、体内時計の正常な機能に各領域からの多様な入力が必要であることを示唆していた。
粕川研究員は、「今回の研究によって、51の脳領域にわたるゲノムワイドな遺伝子発現データを得ることができました。このデータベースを用いて、これまでに知られていない脳領域間の機能的な関係性を示唆する結果が多く得られています。データベースはウェブ上で公開していますので、様々な脳研究のプラットフォームとして多くの研究者に活用して欲しいです」と話した。
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