独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年6月25日


ニューロンの層構造に機能する遺伝子Robo1
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大脳新皮質は、知覚・学習・記憶といった脳の高次機能を担う。その構造は、多様な神経細胞が集まり6層の構造を成しているが、これらの神経細胞はもともとこの場で生まれるのではなく、脳室帯とよばれる脳の深部で生み出され、その後長い道のりを脳の表層部まで移動することが知られている。さらに、これらの6層は内側に位置する細胞から先に生み出され、あとから生まれた細胞はその表層側へと配置される「インサイド・アウトパターン」によって層構造が形成される。巧妙なメカニズムにより特定の場所に配置された神経細胞は、他の層の細胞や周辺の組織と密接に相互作用しながら情報を伝達するのだ。

理研CDBの権田裕子研究員(大脳皮質発生研究チーム、花嶋かりなチームリーダー)らは、マウスをモデルにした研究から、受容体タンパク質Robo1が大脳新皮質における錐体神経細胞の位置決定に機能していることを明らかにし、神経細胞の層構造形成の分子メカニズムの一端を解明した。この成果は、国立精神・神経研究センター神経研究所との共同研究によるもので、科学誌Cerebral Cortex電子版に6月1日付けで公開された。

正常体では、先に生まれた錐体神経細胞(緑)の表層側に後から生まれた錐体神経細胞(マゼンダ)が遊走される。Robo1を機能阻害すると、「インサイド・アウトパターン」に異常をきたし、先に来た細胞と後から来た細胞が共に最表層に局在している。



Robo1タンパク質は、ショウジョウバエの神経索にてシグナル分子受容体として同定され、さらに最近の研究から哺乳類の大脳新皮質でも軸索の誘導などに機能することが示されていた。このことから、Robo1は大脳新皮質の神経細胞の分化に重要な機能を有すると考えられる。

そこでまず、研究チームはマウス胎児の大脳新皮質におけるRobo1の発現を調べた。すると、Robo1 mRNAは層特異的な発現パターンを示し、胎生後期から生後1日目にかけて外錐体細胞層(表層から数えて2、3番目の層:II/III層)での発現が亢進することが分かった。さらに、この時期のRobo1タンパク質は、II/III層を構成する錐体神経細胞の軸索や樹状突起といった神経突起に局在していることを見出した。このことからRobo1は、錐体神経細胞層の最終的な分化や位置決定に寄与している可能性が考えられた。

次に、Robo1の大脳新皮質における機能を詳しく探った。ノックアウトマウスを詳細に解析すると、Robo1を欠損した成体マウスの大脳新皮質の細胞構成は、正常体と比べてII/III層の細胞密度が高くなり、層自体が薄くなって、直下のIV層が表層側にシフトしてしまうことがわかった。さらに、細胞レベルでのRobo1の機能を明らかにするため、shRNAを用いてRobo1の機能阻害を試みた。すると、胎生後期には皮質板(のちにII/III層を含む大脳新皮質となる)の表層へと移動するはずの錐体神経細胞が、Robo1のノックダウンによって移動のタイミングが遅れることが示された。さらに、正しく表層へ遊走されたかと思われた錐体神経細胞も「インサイド・アウトパターン」に従わず、先に来た細胞が最表層に滞り続け、後から来た細胞と合わさることで、II/III層が薄く高密度になっていたことが明らかになった。また、Robo1ノックダウンによって神経突起の伸長や分岐にも異常をきたすことが示された。以上の結果から、Robo1は錐体神経細胞の位置決定と大脳新皮質の層形成、および神経突起伸長の調整に重要な働きを担っていることが明らかになった。

「層構造は哺乳類の大脳皮質の最も顕著な特徴ですが、これらの層がどのような機構によりつくられるのかは、限られた分子についてしか分かっていませんでした。」と花嶋チームリーダーは話す。「今回の研究から、層特異的に発現する軸索ガイダンス分子受容体が大脳皮質上層ニューロンの配置を制御しているという新たな知見が得られたことから、他にも層特異的な分子によって大脳皮質の神経細胞の位置決定が調節されている可能性が見出されました。大脳新皮質の神経細胞の配置を決定する分子メカニズムを、今後も探っていきたいです。」


掲載された論文 http://cercor.oxfordjournals.org/content/early/2012/05/31/cercor.bhs141.long
 


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