独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年11月12日


角膜内皮における細胞接着分子カドへリンの機能
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目の最も表面にある角膜は、外界を隔てる防護壁であると同時に、採光し、取り込んだ光を屈折させるレンズの働きを担っている。ヒトではわずか0.5ミリ強の厚さに、上皮層・実質層・内皮層の3層構造を成している。一番内側にある内皮層は角膜と眼房を仕切る構造体で、血管を持たない角膜にとって栄養が供給される重要な通路であるが、同時に、角膜内に侵入した余分な水分を排出するためのポンプ機能をも持つ。この機能に異常が生じると、角膜の混濁を引き起こす。内皮層の透過性におけるこの絶妙なバランスは独特のバリア機構によって維持されているが、細胞層を形成するために必要な細胞間の接着構造は、この機構にどのように関与しているのだろうか。

理研CDBのVassil S. Vassilev研究員(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らはマウスを用いた研究から、角膜内皮細胞におけるNカドへリンの欠損が実質層の浮腫など種々の角膜異常を引き起こすことを示し、細胞接着因子の角膜内皮層におけるに機能を明らかにした。この成果は、科学誌Investigative Ophthalmology & Visual Scienceに9月4日付けで掲載された。


(左)角膜内皮でNカドへリンを欠損すると、角膜混濁を引き起こす。
(右)実質層(薄ピンク)は浮腫を生じ、上皮層(濃ピンク)は薄層化していた。


角膜内皮細胞は、密着結合(Tight Junction:TJ)と接着結合(Adherens Junction:AJ)と呼ばれる2種類の細胞接着様式をうまく組み合わせて用い、単層の細胞層を形成している。TJは、種々の分子が細胞層を横切って自由に行き来できないようにするための構造的バリアで、角膜内皮では低分子や電解質の透過の調節に重要な働きをしている。一方、AJは“古典的”カドへリン(細胞間接着の形成と維持を担う一連のカドへリン分子群)によって安定的な細胞間の接続を実現している。さらに、カドへリンは細胞骨格と結合することで、細胞の形状維持や収縮にも機能している。角膜内皮で胎生後期から成体に至るまで高いレベルで発現している細胞接着因子はNカドへリンだ。そこで研究グループはNカドへリンの角膜内皮における役割を明らかにするため、Nカドへリンを角膜内皮細胞でのみ欠損させるノックアウト(KO)マウスを作製した。

角膜内皮細胞は神経堤細胞由来であることから、神経堤細胞でNカドへリンが欠損するように設計したところ、野生型では内皮細胞の細胞境界面に発現しているNカドへリンが、KOマウスではほぼ完全に消失することが確認された。さらに、このマウスは角膜の混濁異常を呈した。混濁した角膜を詳細に調べると、興味深いことに、内皮層でNカドへリンを欠損させたにもかかわらず、その影響は実質層や上皮層で顕著に見られ、実質層は浮腫を起こし、上皮層は薄くなっていた。実質層ではコラーゲン原線維同士の間隔が広く不均一になっており、上皮層では層間剥離やアポトーシスの亢進が認められた。なぜ実質層や上皮層にこのような異常がもたらされたのだろうか。

カドへリンはカテニンを介してアクチン骨格と結合している。野生型の内皮細胞層では、アクチンは細胞の境界面に沿って細胞をぐるりと取り囲むように配置され、これによって細胞は正しい接着構造を維持することができる。しかし、KOマウスではアクチン骨格の構造はほぼ完全に損なわれており、核の形が歪になったり、核同士の間隔が不均一になったりしていた。そして、TJの構成分子であるZO-1の発現が減少しており、 電子顕微鏡解析によりTJが消失していることも確認された。さらに、内皮層のポンプ機能に重要なNa, K-ATPaseの極性分布が崩壊していることが判明。これらの異常により、内皮細胞のバリア機能が失われ、電解質の分配異常が生じて透過性が亢進し、角膜内部に過度の水分が流入することが示唆された。実際に、前眼房内に注入したGFPは過剰に角膜内部に浸透した。

KOマウスのこのような異常は、発生のどの段階から生じるのだろうか。角膜内皮細胞は胎生15日ごろから分化するが、Nカドへリンは分化当初から発現している。しかし、胎生期には角膜の構造異常は認められず、生後4日目でもTJの構造は正しく維持されていた。だが、生後21日にはカテニンやZO-1の発現低下や局在異常が現れはじめ、生後45日以降で上皮層や実質層が成体マウスと同様の症状を呈するようになった。これらのことから、新生児期までは他の古典的カドへリン分子によって機能補完されているが、成長に伴ってNカドへリンが角膜内皮のAJを単独で支配するように変化すると考えられた。

今回の研究から、Nカドへリンは角膜内皮の接着構造の維持に重要な役割を果たしており、欠損すると、 実質層浮腫や上皮層の形成異常をきたし、角膜混濁を引き起こすことが明らかになった。「カドヘリンによる細胞間接着(AJ)がTJの維持のために大切であることは培養細胞を用いた研究から分かっていましたが、これが生体内においても同様であることが確認できました」と竹市グループディレクターは話す。「角膜は透明性を維持するための精巧な構造体ですが、今回の実験により、内皮層のAJの破たんは角膜にとって致命的であることが分かりました。神経堤細胞由来の細胞は、角膜内皮以外に多数の重要な組織を形成するので、今後もこのKOマウスを用いて解析を進め、それぞれの組織におけるNカドへリンの役割を研究していく予定です。」


掲載された論文 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22991418
 


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