Notchシグナルが気道上皮の細胞分化と分布を決める |
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体の内側にありながら常に外界と接し、空気の通り道となっている気道。気道の上皮、つまり表面は幾つかの細胞種で構成されている。なかでも、繊毛細胞、クララ細胞、神経内分泌細胞が気道全体で見られる主な構成要素だ。興味深いことに、その構成比は口側から肺深部へ向かって変化している。口に近い気管では繊毛細胞が多く、外界から侵入した異物を繊毛の旋回によって排除している。肺深部に進むに従って管は分岐して細くなり、これに伴ってクララ細胞の比率が増す。クララ細胞は粘液を分泌し、湿度の保持や細い管構造の維持に役立っている。神経内分泌細胞は他2種と比べて少ないが、クラスターをつくって気道全体に渡って分岐点に存在する。これら3種類の細胞は同じ前駆細胞に由来するが、このような分布はどのように実現しているのだろうか。
理研CDBの森本充チームリーダー(呼吸器形成研究チーム)らは、マウスの気道形成をモデルにした研究で、Notchシグナルが気道上皮の3種類の細胞の分化を制御していることを明らかにした。この研究は、主に同氏の前職であるWashington University in St. Louisおよび国立遺伝学研究所で行われ、Development 誌の12月号に発表された。
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マウス胎児の気道におけるクララ細胞(緑)、神経内分泌細胞(赤)、SPNC細胞(青)の染色像。クララ細胞は気道全体に分布し、神経内分泌細胞は分岐点に局在する。Notch依存的に出現するSPNC細胞が神経内分泌細胞を包んで制御している可能性が示唆された。 |
Notchは個体発生に重要な役割を果たす膜貫通レセプターで、そのリガンドも膜結合型であるため、隣接する細胞間における超短距離の情報伝達に機能している。森本らのこれまでの研究により、発生中の気道でNotchシグナルを抑制するとクララ細胞が減り、代わりに繊毛細胞が増えることが知られていた。また、繊毛細胞ではNotchのリガンドであるJag1が発現し、クララ細胞ではNotchが活性化していることが示されていた。このことから、繊毛細胞がJag1を発現し、隣接する細胞のNotchを活性化することでクララ細胞を誘導するという説を提唱していた。今回、森本らは、Notchシグナルが気道上皮細胞の運命決定に果す役割を詳細に調べるために、Notch1〜3を様々な組み合わせで欠損する実験を行った。その結果、クララ細胞の分化に必要なのは、これまで考えられていたNotch1 ではなく、Notch2であることがまず明らかになった。
さらに、Notch1〜3を3重欠損した場合、神経内分泌細胞のクラスターの大きさと数が増加した。しかし3重欠損以外では神経内分泌細胞はさほど増加しなかった。これらの結果は、Notch1〜3が神経内分泌細胞の分化を相乗的に抑制していることを示していた。さらに彼らは、Notchシグナルが活性化しているのは神経分泌細胞そのものではなく、隣接する細胞であることを突き止めた。これらの細胞を詳しく調べると、Notchは発現していたが、クララ細胞に特徴的な遺伝子発現は見られないことなどから、新たな種類の細胞であることがわかった。彼らはこの細胞をSPNC細胞と名付けた。さらに、SPNC細胞の維持には、神経内分泌細胞によるNotchシグナルの活性化が必須であることが示された。つまり、形成中の気道上皮で神経内分泌細胞が誘導されると、自ら周囲にSPNC細胞が維持されるように働きかけ、そのSPNC細胞からのシグナルによって自らの細胞数を制御していると考えられた。
今回の結果は、Notchシグナルの使い分けによって気道上皮の主要3細胞の分化と分布のバランスが制御されていることを示した。森本チームリーダーは、「繊毛細胞とクララ細胞の分化はNotch2シグナルを介して2者択一的に決まるため、Notchシグナルの量的変化に対する感受性が高いと考えられます。一方、神経分泌細胞の分化にはNotch1〜3の全てが相乗的に関わっているため、より頑強なシステムと言えます。このような違いを利用して、神経分泌細胞を一定の頻度で分布させながらも、気道の位置によって繊毛細胞とクララ細胞の比率を変えているのではないかと思います」と語る。「今後、クララ細胞を誘導するJag1の発現や神経分泌細胞の誘導がどのようなきっかけで起るのかなどを明らかにし、細胞分布の空間制御のメカニズムを解明していきたいです。」
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